つんくと共に100歳まで生きていく 狼住人達との愉快なWi-Fi対戦日記

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映画「湯を沸かすほどの熱い愛」を、ネタバレ全開で全力でdisります (超長文)

はい、タイトル通りの記事です。

これからわたくしは、映画「湯を沸かすほどの熱い愛」を、ネタバレ全開で全力でdisります。disり倒します
この映画が好きな人にとっては、かなり気分が悪くなる内容かと思われますので、読むのはオススメしません。

ネタバレもしまくりますので、これからこの映画を観る予定の人は、読まない方が賢明です。

 

11年の長きにわたって続けている当ブログで、映画をけちょんけちょんに叩くエントリーを載せるのは多分初めてです。そのくらい腹に据えかねております。

自分で言うのもなんですが普段のわたくしは極めて温厚ですので、こういった毒のある意見を表明するような真似は滅多にしないのですが、この映画に限って言えば、も〜どうしても言わずにはいられない、書かずにはいられない。そんな心境ですので、今回だけは思う存分書かさせていただきます。

まぁ、世の中にはこういう風に感じる奴も居るんだなぁ、人それぞれだなぁ、というくらいの軽いノリでスルーしていただければ幸いです。

 

 

予告編↓

 

 

 


さて、そんな「湯を沸かすほどの熱い愛」ですが、先週ようやく観に行ったわけですよ。

 

 

 

映画自体は2016年10月29日の封切りでしたが、我が街広島では少し遅れて、2017年に入ってからの公開となりました。

 

この映画、去年からすっごい楽しみにしてたんですよ。純粋に。
↓以下に列挙した、去年からの一連のツイートを見ても、ずっと楽しみにしていたことがお分かりいただけるかと思います。

 

 

 

 

 

集中して観れるよう、わざわざ公開直後を避け、観客が少なくなるのを待ったくらい。
そのくらい楽しみにしておりました。

 

しかし、いざ映画を観終わった直後の感想は……

 

 

 

 

 

 


「あれっ?あれあれ?」
「出来がいい映画を観た感じはあるんだけど、なんか全然響かなかった」
「ていうかモヤモヤする。なんかすんげーモヤモヤする」

 

といったものでした。


あんなに楽しみにしていた映画を終始「しらけっぱなし」で観てしまった自分に対して、「感情がポンコツになったんじゃないか」と少しヘコんでしまったくらいでした。

寂しい気持ちで映画館を出て、いろいろ考えました。翌日になっても引きずり続け、いろいろ考えました。そして徐々に分かってきました。
なんでここまで「響かなかった」のか。

 

 

 


まず最初に白けたのは、「娘のいじめ」のエピソード。

 

物語の冒頭で、主人公「幸野双葉」の娘である「安澄」が、学校で虐めに合うんですよ。
制服を絵具まみれにされたり、体育の授業の時に制服を隠されたり、そういう感じの虐め。
学校から連絡が入って、虐めの件は双葉の知ることとなり、安澄は登校拒否みたいな状態になるんですが、そんな案澄に向かって双葉は「逃げちゃダメ!」と叱責します。
まずここで強烈な違和感を感じました。

 

虐めの問題がなぜ根深いのか。
それは「虐め」なのか「友人間のふざけ合い」なのか、線引きがとても難しいからなんですよね。
「子供たちの難しい世界」の中で繰り広げられるあらゆる行為について、「虐め」なのか「友人間のふざけ合い」なのか、親や教師といった外からの視点で判断することは難しいです。さらに言うと「虐めの被害者」自身でさえ、「これって私、仲よくされてるのかな?それとも虐められているのかな?」みたいに分からなくなる状況にすらなるわけですよ。心優しく、思慮深い子であればあるほどね。

 

でもこの物語で描かれている虐めは、「虐めかどうか判断に困る」というグレーゾーンはもう突破しているわけです。明確に虐めだということが判明しているんですよ。
であれば、親としては腹をくくって子供の虐め問題に向き合わないといけないんですよ。
だって制服が無くなってるんですよ?普通に窃盗じゃないですか。子供一人が解決できる問題じゃない。
それなのに双葉は「逃げちゃダメ!」って言って、子供に丸投げしているわけです。
逃げているのはお前だろうが!、と突っ込まずにはいられませんでした。

 

双葉にはミドリカワ書房の「ごめんな」を1万回聴きやがれと言いたい。

 

 

 

そんな風に、家という居場所を追われ、いよいよ逃げ場が無くなった安澄は、学校の教室で皆の前で体操服を脱ぎ、下着一枚になって「制服を返してください」と訴えます。

 

このシーン、ちょっとショッキングなので賛否両論あるみたいですが、自分自身の中学時代のとある記憶を思い出しました。
中学時代、授業中にいきなり火災報知器が鳴って学校中が大騒動になったことがあったのですが、あとで風の噂で、別のクラスの虐められっ子が虐めにブチ切れて火災報知器を鳴らしたんだと聞いた、そんな記憶。

 

虐められて居場所がなくなったとき、人間は思わぬ行動に出るものです。
当時火災報知器を鳴らした子は、別のクラスの知らない子だったけど、その行動はなんとなく理解できました。
なぜなら俺自身も、小学校中学校と虐められた時期があったから。
映画の中で、安澄がゲロを吐くほどのストレスの中で取ったそのエキセントリックな行動も、なんとなく理解できました。

 

「ああ、この子は今”宣戦布告”をしたんだな」と。

 

下着一枚になって「制服を返してください」と訴えていましたが、そのセリフはきっと真意じゃない。
「お前ら全員巻き込んで大問題にしてやるからな!覚悟しとけ!」という反逆の狼煙だったはず。
虐められた経験がある人間なら、あのシーンはきっとそのように受け取るはず。

現実世界では、虐められ、居場所がなくなった挙句、電車に飛び込んだり屋上から飛び降りたりといった痛ましい選択をする子が後を絶たない現状、虐められた経験がある一人として、劇中のあの反逆の狼煙、「死という選択を選ばないでくれてありがとう!その激情、しかと受け取った!」と、少なからず痛快な感情を抱いてしまったのですが、物語はそこから斜め上の展開を見せます。

 

ゲロを吐いた後、保健室で休んでいた安澄ですが、保健室の入り口でガタガタと音がしたと思ったら、安澄の制服が置いてありました。一連の件で「ヤベエ」と思った虐めっ子が、制服をこっそり返しに来たのです。
かくして制服を取り戻した安澄は、晴れやかな顔で家に戻るのでした。めでたしめでたし。

 

 

終わりかい!!!

 

 

結局問題なんっっっも解決してねえ!!
これじゃ明日以降ますます好奇の目で見られるだけじゃねえか!
安澄!お前それで満足なんか?「制服が戻ってきた」ただそれだけで本当に満足なんか?虐めっ子から謝罪の言葉一つ引き出せてねえじゃねえか!
虐めっ子や、それを見て見ぬフリをしていたクソクラスメイト、トンチンカンな対応しかしなかった無能教師、自身の虐め問題に向き合おうとしなかった母双葉、それら全員を巻き込んで全面戦争するつもりじゃなかったのかよ!!

 

……という風に、虐め問題は尻切れトンボであっけなく収束するのでした。

 

ここで一気に白けましたね。
これら一連の虐め問題は、物語上の一つの「感動パーツ」に過ぎなかったんだな、と。
そしてあの下着姿は、ただ単に「話題のワンシーン!セクシーショット!アァ〜ン(はぁと)」を撮りたいだけの制作側のゲスな意図だったんだな、と。
ホントガッカリでした。

虐めというデリケートな問題を扱うならそれ相応の覚悟を持って、弱者視点から見ても隙のない脚本にしてくれないと、元当事者としては到底受け入れられない。
そのくらいの覚悟がないのなら、こんな胸糞エピソード最初から入れるなと言いたい。非常に不愉快。

 

 

 


次に白けたのが、聾唖の母君江のエピソード。

 

物語が進み、双葉の癌は進行していきます。そして双葉は一つの決心をします。
静岡に住む安澄の本当の母親「君江」に、安澄を会わせること。
そう、双葉と安澄は血の繋がった親子じゃないのです。安澄は、夫「一浩」と君江との間にできた子で、安澄は実の母君江に捨てられた子だったのです。

 

この時点で「えっまって無理」状態だったのですが、物語は無駄にテンポよく進みます。

 

君江が働く食堂で、黙々とカニを食べる、双葉、安澄、鮎子(←ちなみにこの鮎子も一浩の愛人に捨てられた子供です)。

カニを食べた後、会計で双葉と君江が二人きりになり、そこで双葉は君江に向かってビンタ一閃。

その後、安澄の居る車に戻った双葉は、「さっきの聾唖の店員があなたの本当の母親だ。あなたは15年前にあの人に捨てられたのだ。私はあなたを産んでない」という仰天告白をし、「今から本当の母親に会ってこい。会うまで戻ってくるな」と凄まじい無茶ぶりをします。

 

あのさあ……

「私は本当の親じゃない」という告白で、思春期の子供がどれだけ傷つくか分かってるの?

しかも間髪入れずに「実の母親に”一人で”会ってこい」、ってなんかもう滅茶苦茶なんですけど。

先の虐めの問題であれば、100歩譲って「自分一人で解決しろ」って理屈も通るかもしれんよ?でもこの「実の親が云々」って問題はどう考えても子供側で解決すべき問題じゃねえから。親マターだから。対応誤ると下手すりゃ生涯に渡って心の傷を引きずる事案だから。「こういうことを経験して強くなれ」とでも言いたいのかもしれんが、こういうの、れっきとした虐待ですから。

 

いくら末期癌で残された時間がないとは言え、やることなすこと狂いすぎ。ていうか一浩はどうしたの?安澄は一浩の血は引いてるんでしょ?こんな大事な話をする時になんで実の父親の一浩が居ないの?銭湯の営業があるから来れないとでも言いたいの?

 

 

休めよ銭湯!!!来いよ一浩!!!アホか!!!!!

 

 

さらにおかしな話なのですが、双葉は安澄に手話を習わせていたんですよね。「いつか役立つ時が来るから」って理由で。

で、今日まさに聾唖の母に再会して役立つことになったわけですが、この一連の流れも大いに疑問が残るところです。

 

だってさあ、いくら血が繋がってないとは言え、双葉にとって安澄は赤子の頃から手塩にかけて育ててきた大切な娘だよ?

今日までたくさんの苦しいことや楽しいこと、一緒に歩んできた、かけがえのない娘なわけですよ。

そんな双葉にとって君江の存在とは、大切な娘を捨てたいわば「唾棄すべき」存在のはずです。娘を返すなんて絶対にありえない選択だと思うし、双葉が実の母親じゃないという真実は、双葉としては墓場まで持っていこうと考えていたとしても不思議じゃない。

今回、末期癌になったから「断腸の思いで」君江に引き逢わせただけで、本来であれば君江なんかには生涯会わせるつもりはなかった……これこそが「育ての親」としてごく当たり前の感情じゃないかなぁ。

なのに双葉は安澄に手話を習わせていた。末期癌になると分かるずっと前から、将来安澄を君江に引き逢わせるのは既定路線だと言わんばかりに。

そして対面した君江に対して、「我が子」を捨てた落とし前にと「ビンタ一発」。えっ?それだけ?

 

実は、後になって判明するのですが、双葉自身も母親に捨てられた過去を持つんですよね(双葉、安澄、鮎子、全員捨て子だよ!捨て子のハイパーインフレや!)。で、この時点ではまだ双葉は「止むに止まれぬ事情で母親と別離した」のか「単にボロ雑巾のように母に捨てられた」のか、真実が分かっていない状況なんですよ。だからこの時点で双葉が「本当は実の母親に愛されていた」ことに希望を持ちたいがために、安澄にも「本当の母親に愛される幸せ」を感じてほしい、そのように感じていたのだと、一応好意的に解釈することも可能ではあるんですよね。

でもだとしたらなおさら、血の繋がった安澄を捨てた君江へのヘイトはハイパーブーストになるように思うんですよね。ビンタ一発程度じゃ到底許せないでしょ。罵詈雑言を浴びせたあげくミドルキックを叩き込んでもいいレベル。

 

もうね、色々とぐちゃぐちゃすぎて、ここら辺の各登場人物の心理とか行動原理がまったく理解できんかったですわ……

俺は男だし、母親ならではの気持ちなんて窺い知ることはできないけれど、少なくとも俺が双葉の立場だったら静岡に行くこと自体しないだろうし、毎年君江から贈られてくる「カニの小包」も捨てるか送り返すかすると思う。狭量でごめんなさいね。

ていうか双葉さんよぉ、「娘を捨てた人間」から送られてくるカニを呑気にムシャムシャ食ってんじゃねえよ。大好物かよ。せめて「安澄が全部食べなさい。お母さんはカニ嫌いだから」くらいの啖呵をきって手を付けないくらいの意地を見せろよ。

 

話がカニに逸れました。

 

で、ここまで君江エピソードの白けポイントを長々と書いてきましたが、これらは実際どうでもいいんですよ(いいんかい!)

それよりも、ここだけは絶対に看過できない、許せないところがありました。

 

それは、君江が安澄を捨てた理由です。

君江は「赤子だった安澄の泣き声が聴こえず、育てる自信を無くして逃げ出した」んですよね。

 

 

な ん じ ゃ そ り ゃ ? ? ?

 

 

バカじゃねえの?聾唖の人を舐めすぎだろ。ふざけた脚本書くのもたいがいにしろと言いたい。

 

誤解を恐れず言わせてもらえば、ハンディキャップ故の葛藤はそりゃあるとは思うよ。

 

ちゃんと育てられるだろうか

収入は安定的に確保できるだろうか

自分のハンディキャップのせいで子供がからかわれたりしないだろうか

正しく言葉を教えられるだろうか

 

でもこんなの全部「産む前」の話でしょ?

一旦身ごもったら、母親として腹をくくりますから。

そして無事に産まれてきてくれたら、覚悟を決めて精一杯の愛情を込めて育てますから。

ハンディキャップの有無なんて関係ない。それが親になるってことじゃないの?

 

耳が聴こえないから、1年かそこらで赤ん坊を捨てて逃げただと?一番可愛い時期だろうが。

「あ〜、聾唖だったらそういう行動にも出ちゃうかもね〜」ってノリで観客を納得させるつもりだったのか?すっげー悪質なんですけど。ていうか観客舐めすぎ。

そんな覚悟で子供を産む聾唖の人なんて居ねえから!

もう一回言うけど、ふざけた脚本書くのもたいがいにしろと言いたい。

 

 

さらにこの後、双葉に恫喝された安澄は、恐る恐る君江に会いに行くわけですが、驚くべきことにこの二人、あっさり打ち解けます。

 

うっそ〜ん。。。((((;´゚Д゚)))

 

安澄さん、15年間貴方から逃げていた親へのわだかまりはゼロなのですか?

君江さん、貴方には「捨てた娘に合わせる顔がない」という恥の感情はないのですか?

 

この人たち、揃いも揃って狂人だょ……

 

もうここらへんで、スクリーンを観ているぼくの目は完全に死につつありました。

 

 

 

 

そして最後の最後、人間ピラミッドで完全に打ちのめされました。

 

「虐め」と「聾唖」の看過できない描写により、わたくしの心は完全に閉ざされてしまいましたが、この映画テンポだけは良いので、話はずんずん進みます。

 

双葉はいよいよ死期が近づき、ホスピスに入所します。

そんな双葉と入れ替わる形で、幸野家にスルリと納まる君江。15年間安澄の子育てから逃げ続けてきたのに馴染むの早いなお前!!

聾唖の君江だけど、あらかじめ手話を習っていた安澄のおかげでコミュニケーションはバッチリ!もう完全に家族だよ!双葉の無念の慟哭が聞こえてきそうだね!!

 

他にも、静岡への旅の途中で出会ったセクハラヒッチハイカー「拓海」も転がり込んできて、銭湯で働き始めます。

クズ親父一浩の怠惰が捗るね!!仕事は拓海に任せてソフトクリーム舐めながらパチンコ行っちゃうよ!!双葉の見舞いには行かないけどな!!

 

そんなある日、そのクズ親父一浩が、家族の前で「お願いがある」と土下座します。

そのお願いとは、夜中にホスピスの庭に忍び込んで、家族全員で人間ピラミッドを作り(なぜか探偵の滝本まで巻き込まれる)、病室の双葉に披露するということ。

一浩と双葉は新婚旅行でエジプトに行く予定だったが、訳あって叶わなかったため、せめてもの慰みにと人間ピラミッドを作ったのでした。

ピラミッドの最下段で「これしか思いつかなかった!」「みんなを支える!」「安心してくれ!」と叫ぶ一浩。

 

 

はぁ……(溜息)

 

 

さすがのクズ。「これしか思いつかなかった」と。

あのさあ……こんな夜間迷惑になることするくらいなら普通に見舞いに行けよ!!

なに病院の芝生でじゃれてんの?双葉もうすぐ本当に死んじゃうんだぞ!

銭湯なんて大体15:00くらいから営業開始でしょ?朝一でホスピスに行けるだろうが!パチ屋のモーニングにでも行ってんのかこのゴミ人間!

 

最期くらいちゃんとベッドの隣で寄り添えよ!!

 

手を握ってやれよ!!

 

頬を撫でてやれよ!!

 

キスしてやれよ!!

 

触れてやれよ!!!

 

「死にたくない」と泣き崩れる双葉の傍に居てやれよ!!

 

映画上は、ラストの感動のワンシーン、みたいな盛り上げ方をしていたのですが、ここでの「みんなを支えるから」という一浩のセリフが、まるで双葉はもう「支える対象じゃなくなった過去の人」と言わんばかりで、病院の窓越しというシチュエーションも相まって、感動とは程遠い非常に断絶感のある理不尽で胸糞悪いシーンにしか感じられませんでした。

 

結局この映画って、脚本を使って双葉という人物を徹底的に虐め抜いてるだけなんですよね。そしてそれに対するフォローというか救いが皆無。

この人間ピラミッドのシーンも、病室で一人で泣き崩れたままで誰にも寄り添われませんでしたし、母親としての激情を爆発させた君江へのビンタシーンも、そうせざるを得なかった双葉の心情をおもんばかる人間は現れず仕舞い。他にも、実の母親に拒絶された挙句激昂して物を投げるシーンがあったのですが、逃げるように立ち去る描写だけで、誰かに慰められた形跡もない。

この映画の重要なテーマとして、「母双葉の無償の愛」というのが挙げられるかと思うのですが、「無償の愛」なんて所詮はファンタジーであって、与えられないまま与え続けることなんてできっこないんですよ。スーパーマンじゃないんだから。で、それはこの映画でも描かれていて、それがまさに上で書いた「"死にたくない"と病室で号泣」「君江にビンタ」「自分を捨てた母親に投石」であり、与え続けた双葉が「与えられたい」感情を爆発させたシーンです。これらのシーンでは少しでもいいから双葉に「与える」べきだった(具体的には夫である一浩が)。それをしないから、ただただ双葉が一方的に打ちのめされてばかりという胸糞展開になるんですよ。

 

虐めて虐めて虐め抜いて「ほらかわいそうだろ?ほれ泣け!やれ泣け!」と製作者側から押し付けられまくる感。完全に拷問。

俺は「強さ」「優しさ」「労わり」「慈しみ」といった前向きになれる人間賛歌に純粋に感動したいだけであって、同情や憐憫の涙なんて流したくないんだよ。

よくもまあこんな悪趣味な脚本を書けたもんだ。心底呆れる。

 

 

 

 

まだあるぞ。鮎子の家出シーンも酷かった。

 

鮎子が実の母に会うために家出をして、実の母の家の前で待ち続けたあげくお漏らししてしまうシーンがあるのですが、ここで「お漏らししたということは風呂の出番だな。一緒に風呂に入って双葉と鮎子の距離が縮まるんだな」と思った訳ですよ。ベタな展開だけどコレだよ!コレ!って。

でも結局風呂は使われませんでしたよね。「銭湯の映画なのに風呂入らんのんかい!」って心でツッコミましたよ。

しかもお漏らししたパンツを「家のドアノブに掛けて立ち去る」というキチガイっぷり。

いいか?鮎子は「実の母を待っていたい」って行ってるんだぞ?そして双葉はそれを「当たり前じゃない」って言ったんだぞ?

じゃあ、鮎子の願いが届いて本当に実の母が帰ってきたそのときにドアノブにパンツが掛けてあったら一体どうなる?母親卒倒じゃねえか。

双葉は自分自身の境遇もあるから、鮎子の実の母親には心から帰ってきてほしいと思っているであろう(戻ってきたときにビンタくらいはしそうだが)。だとしたらドアノブパンツは「ない」わ。電話番号を書いたメモをドアポストに入れるでイイじゃねえか。

鮎子の「実の母を待っていたい」願いを受け入れる双葉の無償の愛を描いておきながら、やってることと言えば実の母を混乱させるキチガイ行動なのだから救いようがない。

 

 

なんかもうめちゃくちゃな長文になってしまいましたが、ツッコミたいところはまだまだあります。

 

9歳の子供がラブホなんて知ってるわけねえだろ、とか、「赤い車大好き!」と無理矢理乗り込んでくるキチガイなんて通報一択だろJK、とか、何で警察に捜索願出してないの?とか、君江の罪の意識ゼロの常時笑顔がワタミの社長レベルのホラー件、とか、安澄の下着姿事件のことを双葉に報告してこない学校マジ隠蔽体質マジディストピア、とか……

 

物語のいたるところに「えっ?」という要素が現れるのですが、無駄にテンポよく話が進むので「後で伏線回収するんだろうな」と思いつつその場ではスルー、それらが積み重なり、消化されないままにエンディング。なので映画が終わった後に超モヤモヤすることになるんですよ。

さらに、役者陣の演技が本当に素晴らしい。双葉役の宮沢りえ、安澄役の杉咲花、一浩役のオダギリジョー、非の打ちどころのない名演です。

役者陣が凄すぎるがゆえに、脚本がゴミなのに出来のいい映画を観たように錯覚してしまうんですよね。まさに鑑賞直後の俺みたいに。恐ろしいことです。

 

でも、後でじっくり時間をかけて思い返していくと「やっぱりアレおかしくね?」ってなるんですよ。

上でたっぷりと言及した「虐め」「聾唖」「人間ピラミッド」とかがまさにそれ。

ツッコミどころが山ほどあるこの映画ですが、特にこの三点がずば抜けて気持ち悪かったわ……

 

 

ちなみに、ショッキングなシーンとして賛否が分かれまくっているクライマックスのアレ(双葉の遺体を燃やして沸かした風呂にみんなで入浴する)については、自分としては特に感慨はありませんでした。だって幸野家みんな狂人なんだもん。そのくらいのことはしちゃいそうだよね、としか。

 

この映画でまともだった登場人物は、物語冒頭にチョイ役ででてきた「一浩の友人」と、年端も行かない「滝本の娘」くらい。

あとは全員狂人。登場人物ほぼ狂人。なかなか稀有な映画ですよコレは。

 

 

あえて良いところを挙げるとするならば、

・(百難隠す)役者陣の熱演

・(無駄に良い)テンポ

・安澄と鮎子がケツキックでじゃれ合うシーン

・鮎子の誕生日翌朝のしゃぶしゃぶ

・エンディングのきのこ帝国

 

くらいかな。

 

あとは全然ダメ。むり。特に脚本。

徹頭徹尾弱者を嬲り続けるグロテスクで悪趣味な脚本。俺には到底受け入れられません。

 

 

 

 

2017年に入ってから、この映画を含めて6本ほど劇場で鑑賞しましたが、今のところダントツワーストです。

2017年の年間ワーストにさえなるかもしれません。まだ2017年始まったばかりなのに。どうしてこうなった。

 

俺は別に「自分好みじゃない映画」を、腐すためだけにわざわざ観るような悪趣味な真似はしません。

自分に合わなさそうであれば最初から回避します。

”血管迷走神経反射”のせいで血を見ると気分が悪くなるので、スプラッタとかバイオレンス系の映画には絶対手を出しませんし、予告編を見て自分の趣味に合わなさそうだったら最初からスルーします。「怒り」とか「エル・クラン」とか「少女」とか「海賊と呼ばれた男」とか。たくさんスルーしてきました。

(もちろん自分が観ない以上は文句とか一切言いませんよ)

だから今までは、かなりの高確率で楽しく鑑賞できていたのですが、今回ばかりは大地雷を踏んでしまいました。参った。

もうちょっと自分好みの映画を見極める目を鍛えないといけません。

 

 

というわけで、好き放題disり倒してしまいました。

この映画が好きな人は気分が悪くなったかもしれません。ごめんなさい。

でもこれは嘘偽りのないわたくしの感想です。

わたくし「個人」の感想として、自由に言わせてもらいました。言いたかったので。

 

先週鑑賞して以来、ずーっとモヤモヤしていましたが、とりあえず全部吐き出しました。スッキリしました。

明日からまた、気を取り直して楽しい映画をたくさん観ていきたいと思います。

自己満足しました。長く見苦しい文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

おまけ

ちなみに、この映画のことをTwitterでdisりまくっていたら、

 

 

エゴサで見つかったらしく、映画の監督のアカウントにブロックされてしまいました。

別に、何かと比較して腐したり、人格攻撃したりとかいった卑怯な真似をしてたわけじゃないのにな。

ま、いいけどね。

 

 

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